努力のはじまり

その駅に私は昼頃ついた。
新宿から1時間半ほどの小さな町である。
特急を降り改札を抜けると、こじんまりとしたロータリーがあり、一向に流れぬタクシーが列をなしていた。
そのとき私はとにかく腹が減っていて、願わくばどこか落ち着けるところで、ご飯が食べたいと思っていて、しかしながら、あたりを見渡してみたら、見渡す限り土産屋。食べられるものといえば、干物か柿ピーかであり、心底泣きそうになったのだが、いや贅沢ばかりもいってられない、落ち着いてなんて飯を食うなど私如きが百年早いである。と腹をくくったところ、ちょうど私の目に「SATY」の文字が飛び込んできた。
田舎の画一化、バンザイ。
「SATY」のファーストフード店に入った。そこにはそのファーストフード店しか食べるところがなかった。

「大人気のテリヤキバーガーはいかがですか」

カウンターに着くなり、第一声がこうである。
なかなかのサジェスト。
大人気だからといって、私がそれを食べる理由になってないのがすごいところである。
他のものが食べたい私の気持ちなど、聞いてはくれない。
私はうーんといいながら、リブマックを頼んだ。

「リブマックをおひとつですね。ありがとうございます!」

サジェストを無視してしまった私の心の機微を察したのか、彼女は何事もなかったかのように、オーダーを奥に伝えにいった。
マニュアル化されたファーストフード店とはいえ、やはりそこに人が働いていて、血が通っている。マニュアルの隙間から人の温かみが見えたりすると、私は嬉しくなれる。
彼女が戻ってきた。

「リブマックはお時間1、2分ほど頂いてしまいますが、よろしいですか?」

あ。いいですよ。
と私が声に出そうとしたその瞬間、

「大人気のテリヤキバーガーはいかがですか」

彼女はさもあたりまえのようにそういった。


私は、うなだれバーガー(テリヤキバーガー)とアイスコーヒーをトレイに、出入り口に近い席に腰をおろした。
あんなにお腹がすいていたのにも関わらず、私はとりあえずと、一服。
このやるせなさをどうしたものだろうか。と思案していた。


店内のお客が途絶えた。
さっきの彼女はそこでダラダラすることなく、店内の清掃に励んでいた。
あんなに仕事熱心な娘、なかなか見れるもんじゃないし。笑ってすまそうか。
そうして、私はやるせなさの着地点を見出したのだが、あろうことか、清掃をすばやく済ましたその彼女は、迷うことなき足取りでもって、店の外に出た。
何をするんだ??
私は好奇の目で彼女を見た。

「やわらかチキン、ただいま半額中です!ぜひご賞味ください!!」

誰に向かって訴えているのかわからないボリュームである。絶叫である。しかもその文言をひたすらリピートである。
出入り口に陣取った私。
天候がよかったその町は、出入り口の扉を開けているとちょうどいい風が吹いてくる。
つまり、不幸なことに、私はその彼女の絶叫ショーをエンドレスで聞く羽目になってしまった。
まったく落ち着かない。ゆっくり本を読みながら、食事をしたい私の目論見が一気に崩れていった。

「やわらかチキン、ただいま半額中です!ぜひご賞味ください!!」

彼女のひたむきなその努力。仕事熱心なその姿勢。
うん。
やっぱり間違っているよ。
そう確信したその先で、彼女はキラキラと大好評絶叫中だ。
彼女はきっと、教えられたことを忠実に守っているだけなのだろう。
誰が彼女の努力をとがめることが出来るのだろうか。
ここに努力という言葉のやっかいな問題があるのだろう。


努力のはじまり。


ちょっと落ち着け私。
と今後は思うことに決めた。