聞き上手のはじまり

社会人になってホントによかったなと思うのは、年齢が大きく違う人と酒を飲んだりして、そんな彼らと本音で物事を語れることだ。「社会人」という建前があると、「学生」のころとそんなに年齢も考え方も違わないのに今までは聞けなかった話がぽろっと聞き出すことが出来る。
今日の飲み会はオレ以外の方は全員30代以上だった。
30代は聞き上手だ。脈絡の無い話も丁寧に拾ってくれる。
10代の「あー、そうですねー」は何だか馬鹿にされている気がするが、30代の「あー、そうだねぇ」には何だかいい気分にさせられるオレだ。でも、そんな同意の後に、下ネタの話などを繰り出すお茶目な30代も居たりして、まったく気の抜けない懐の深さが30代に果敢に突っ込んでいきたいモチベーションに繋がっている。
大学の頃は見向きもしなかった30代が、今とてつもなく面白いことになっている。
30代は男前の時代である。とオレは断言する。
しかし、オレにとっては30代はまだまだ先の話なので、

Plan-17「男前は、聞き上手である」

まずはここからはじめようと思う。
話が噛み合わなくったって聞いている、その姿勢が大事なのだ。
ツッコミをいれたいのに我慢する、そのストイックさが男前なのだ。
ちょっと「それもアリだと思うんだけど…」と相手を容認しながら、
オレの哲学を語ればいいと思う。
野球で例えれば最強だと思う。
イチローマリナーズのオーナーは対等だ」
どうとでもとれるスケールの大きい話をはさんでおく。
そしたら、誰もがうんうんととりあえず納得してくれる。
余計な自己言及などいらない。
どうせ誰もパーフェクトに自分のことを理解してはくれないのだ。だったら肩肘張らず力を抜いて、互いの距離を縮めていけばいい。
そんな「頑張りの美学」を突き放した加減が、一周まわって前向きな、そんなコミュニケーションへの一貫した姿勢が男前だと思うのだ。
諦めがいい感じで熟した30代。
それが、オレの考える諦めの着地点であり、男前のはじまりだと思うのだ。