イベントのはじまり

首都マバジュラーから東に2日行ったところ、今、ミトルーヤという街に滞在しています。今日でもう5日目になります。そちらでいう地方都市のような雰囲気です。生活はそちらと大してかわりません。唯一の懸念であった文化の相違も、こちらは基本的には思いやりの理念で成り立っているので、全く理解できないってことはないです。勿論、思いやりの押し付けなどがあったりしますが、逆に、何処へ行っても不変な人間関係の面倒臭さの存在に微笑ましさを覚えたりして、それはそれで楽しくやっています。
魚は空を泳ぎ、鳥は水の中を舞う。
ここがそちらと一番違います。でも、もう慣れました。空を羽ばたく為の羽も、空気取り込むためのエラも、全ては植え付けられた認識なのだという自覚が、今はあります。水を掻くための翼であってもいい。空を駆け抜けるひれであってもいい。今はそう思います。
この世界ではこういうことなんだ。そしたらそんなに難しく考える必要なんてない。身を委ねて楽しんだ方がいい。
虹をなぞって舞うイルカは、まるでラッセンの世界なんだけど、でも目の前で起こる風景に私は抱きしめられる。水面から見える鳩の群れ。首の動きがそのまま推進力になっているようで、私はくすぐったくなる。
「めずらしいですか?」
広場の湖で、飽きることなく鳩の泳ぎを追っていた私に、男は声を掛け、そして続けた。
「僕の居たところは、鳩は空を飛んでいました」
「あっ、私のところもそうなんです!」
角度によっては60歳にも30歳にも見えるその男と私はベンチに腰掛け、ちょっと話した。男はミトルーヤに来て、20何年になるという。この街に着きこの土地で働き、妻が出来、今は13歳になる女の子が居るという。旅の目的がどうでもよくなってしまう程の圧倒的な風景と、愛する妻と子供。戻ることを忘れてしまったという。
「風景は確かにすごいですね」
「空高く舞い上がって行く時の、鯨の雄大さを君は見たことがあるかい? 僕も何回しか見たことがないのだが、初めて見た時は、あれだ」
「……あれですか」
「あれだよ。ほら、こういうことってなんて例えるんだっけ?」
「ポッキーのチョコの部分がボブサ……」
「違う。全然違う」
唐突なフリと冷徹な突っ込みが、この街の素敵なところです。
「この街のイベントを知りたかったら、僕のところを訪ねてきなさい」
男はそう言って、去っていった。手渡された紙には住所が書いてあった。
私は地図を持ってないので、その住所はまったく意味の無いものになってしまったが、でも、私はこの街のクリアイベントを知っていた。



この街の放送局は一つしかなく、街の人々はそのチャンネルから流れる映像から、情報や文化を知っていた。私もその放送を見たことがある。
面白い。
それは優しさにあふれた、エンターテイメントであり、歌謡曲であり、ニュースであった。だから「TV局に侵入しプロデューサーを倒す」というイベントの話を聞いたときは、なんて不条理なのだろうと思った。
そちらの世界よりもずっと不条理で到底納得のいかないことだと思った。