1千万のはじまり

ラッキーセブンの「7」。親父の誕生日の「9」。母の誕生日の「11」。妹は「20」の日に生まれ、彼女は「4」の日に生まれた。そして、最後のナンバーは「32」。これは、親父の母(オレのおばあちゃん)の愛車が日産サニーだったところから来ている。おばあちゃんは、競馬と麻雀が大好きで、幼いオレをよく浅草へ連れて行ってくれた。花やしきで5歳のオレがビックリハウスで戯れている間におばあちゃんは、馬券を買いに走っていた。ビックリハウスから出てきたオレは、おばあちゃんが居ないのに気付き、よく泣いた。ワンワン泣いて、売店のおばちゃんから「これ食べな」とソフトクリームを貰ったことがある。オレは近くのベンチに座り、出来るだけゆっくりソフトクリームを舐めた。ヒクヒクと肩を揺らしながら、舐めた。舐め終わると、また泣いてしまうと思ったから、オレは出来る限り意識をだんだんと溶けていくソフトクリームに集中させて、ゆっくり食べたんだ。あ、落ちそう。ペロ。こっちも。ペロリ。そうやって遊んでいたら、おばあちゃんが来て、そしたら、その手には新しくて形の整ったソフトクリームがあって、そっちの方がいいと思い、でもお腹がいっぱいで食べられなくて、オレはまた泣いたのだった。
そんなおばあちゃんは、オレが中学生の頃に他界し、今オレは、おばあちゃんと競馬に行きたかった、と心底思う。徹夜で麻雀したかったと思う。オレはあさっりと負けてしまうのだろうか? どうしようもないことだが、おばあちゃんが生きていたら、子供の頃以上に上手くやれたと思う。本当に。共犯関係みたいな孫と婆。
だからせめて、賭け事で純粋な数字関係だと「おばあちゃん絡み」の数字を意識して望むようにしている。それでちょっとオレは、楽しくなれる。



ロト6の第214回の結果はこうだった。
4、7、9、11、20、36。ラッキーナンバー32。
2等 15,718,100円



あっけなさ過ぎる。これは本当にあっけなかった。
オレの通帳には、いきなり8桁目の「1」が記されることになった。
ロト6の結果を知ったのは銀座線の中だった。競馬や麻雀と違って、ロト6には、予感が無い。心の準備が全然出来ない。結果を知ったオレ、思考停止がしばらく続いた。表参道で降りなければならないのだが、オレはそのまま浅草まで思考停止。



1千万。



この響きに全然、実感がわかない。
学生時代に借りた奨学金を返そうと思う。それでも多分700万位はあまる。引越しをしよう。家賃8万位の部屋に住もう。家具を新調しよう。ipod欲しいな。
なんだか楽しくなってきた。浅草寺に向かう仲見世通りはいつもの活気で、その光景は、オレが非日常の考察をする後押しに変わる。この通りをからっからの品切れにしてやろうかと思う。
そうだ。会社を辞めよう。
辞めて、外国に旅をしよう。
2年位、旅をしよう。
そうだ。そうしよう。それがいい。



彼女に電話する。
「一千万!」
「何?」
「ロト6は知ってる?」
「知らない」
「あー、うーんと、とにかくオレ、一千万当たったんだよ!」
普通こんなこと、他人に言わない方がいい。でも彼女はオレの人生の中で最も信頼出来る他人だと、オレは思っている。オレのその確信を確かめる意味もあるし、それよりなにより、彼女がどういう反応をするのか、オレは純粋に知りたかったのだ。だから、言った。
「どうするの?」
意外だった。喜ぶかと思っていた。
「会社を辞めようと思う」
「それで?」
何だろうかこのやりとりは? 一千万が当たったのに。オレが当たったことで、怒られているみたい。何が気に食わないのだこの女子は。



彼女は映画が好きで、オレ達が初めて一緒に観た映画は確か「キラーコンドーム」だと思う。そしてそれを観終わった後、オレの部屋でオレ達は、なし崩し的にキスをして、2時間位キスをして、オレ達はジョナサンでドリンクバーを飲んでいた。彼女はメロンソーダで、オレはアイスコーヒーで。
「いいの?こんなデートで?」
「うん」
彼女の口付けるストローにメロンソーダが溜まり、そして、上目遣いでオレに笑った。
「メロンソーダみたいなのがいい」
「は?」
「安っぽくって、ドぎつくって、それが好き」
「わかんないや」
「いいの。君はそのままわからなくていいの」



「わからない」
オレは、電話の先に居る彼女に言った。
「でも、外国に、君と一緒に行きたいと思っている」
彼女は黙り、オレも、何の唐突も無い発言に後悔し、黙った。暫く続く沈黙。
「……私の給料は19万5千円。あんなに残業しているのにね。まあ、いいや。そこから、税金とか、交通費とか引いて、手取り16万。16万掛ける12ヶ月は?」
オレは手元のメモ用紙に計算式を書く。
「192万」
「だいたい200万として。君も手取りは同じぐらいでしょ?」
多分、そのぐらいか、ちょっと上下するぐらいだ。
「うん」
「二人で400万ちょっと、としましょう。それで、2年間とちょっと。2年間とちょっとを無目的に外国で過ごすだなんて、何のメリットがあるの?」
メリットとか言われるとちょっと辛い。何かを達成するために貯めた1千万ではなく、いきなり現れた1千万なのだ。いきなりに。もっと切実に1千万を望んでいる人は幾らでも居ると思うのだが。資金繰りに苦しむ町工場のおっさんとか。多重債務に苦しむOLさんとか。求められる金はあるべき場所に落ち着くべきではないのか? いいのかオレで? だから、そこに目的なんて無い。これは後付けになるのだが、そんな金だからこそ、モノに残さないで、人生の糧にした方がいいと思う。モノより思い出。プライスレス。
「メリットなんかないでしょ?」
「あるよ。あるさ! 今、ここに1千万があって、オレ達は働く理由なんて特になくなったわけじゃないの。仕事なんて、どんなに前向きなことを言ったって、暇つぶしだよ、結局。金を稼げて、しかも暇を潰せる。だから、皆、つまんねー、とか言いながらも仕事をするんだよ。でも、オレ達は、もっと自由に好き勝手に暇を潰すことが出来るんだよ! 金があるから。1千万があるから。だから、外国で過ごして、知らない世界で遊んで、日本じゃわからない文化を感じて……それで、オレ達は幸せじゃないの?」
「私は仕事を辞められないよ」
女子はわからない。辞めてしまえ!バカ!
「とにかくさ、明日も早いから、もう寝るよ。1千万の話は、今度の休みの日に考えましょう。じゃあ、おやすみ。君も早く寝るんだよ」
「え? オレはもう明日から、会社いかね―よ」
「何言ってんの。君が居ないと、皆困るでしょ」
確かに、オレがこなしていた雑用は誰がやるのだろうと思う。でもそれでいいじゃないの。クソッタレ!ファ○ク!とまではいかないけど、そういうもんだ。仕事なんて、誰かが居るからお願いして出来る限り自分の仕事量を減らすか、もしくは暇つぶし向きな仕事を率先してやるかのそれしかない。ペーペーはその選択肢に、誰もやりたがらない仕事を任される、が加わり、それがメインとなるだけで、皆、自分の身にいつか、誰もやりたがらない仕事がまわってくるだろうと覚悟しているのだ。だから、オレが辞めたところで、会社は傾かないし、当然、そこに責任なんて感じることはないのだ。そう考えていたら、彼女はまた喋った。
「言いたくないけど、1千万じゃ、中途半端なの。社会から逃げ出すには」
100万が10回。そう考えると確かに中途半端だ。勢いで行動するには、エンジンが足りない。1千万をもってしても、多分、いつもと変わらない明日が来る。オレも早く寝よう。明日も会社だ。明日は何をしよう? 土曜のATMは手数料を取られる。だから、引き落とすのは月曜だ。月曜は29日でブクの日だから、映画を千円でいっぱい観よう。ハウルの動く城とか観よう。
何も変わらない。むしろつまらない。さっと使った方がいいかもしれない。
さあ、明日は何をしよう。
1千万じゃ、結局、とても前向きです。








宝くじの未換金の原因のひとつは「ショック死」なのではないかとオレは睨んでいる。だから、オレはいっぱいイメトレしました。しかも、現実的にロト6の2等。そして、上のイメトレ読んでくれればわかると思うけど、1千万当たっても、オレは社会からドロップアウトしません。だから、オレに安心して当てるといいよ夢ロト君、ロト6の2等を。
うん、1千万でいい。
いいよ、ほんとに。
ほら。
さあ。
ねえ。
ねえってば。