無茶のはじまり

その朝、オレは八丁堀へ向かう日比谷線で眩暈を覚えていた。胃液が逆流しそうになるのを我慢して、優先席に腰掛けたオレは、ちびっと涙を浮かべていたと思う。
前の日、オレはKと21時から家で飲み、その後、昔してたバイト先に向かい、ゴキゲンな元バイト仲間と朝5時まで飲んだ。そして、10時。オレはTDL(東京ディズニーランド)に向かっていた。
寝不足と激マズのジンライムの残り酔いと電車の揺れで、オレはちびっと泣いたのだ。
でも、オレはTDLに向かう。
何故か?
TDL最高だから?
約束だから?
それもある。
でも、朝起きて、早速トイレに向かい颯爽と胃液のみを吐いたオレは、最低の理由ではあるが、「体調不良」を理由に休んでもよかったのだ。



前の夜、Sがこんなことを言った。
「わたしは、何かを一生懸命話している人がいい。内容がわたしにとってわからなくても、それでいいの」
ちょっと考えると、おバカさんな状況ではあるが、しかし、女子の言うことは素直に耳を傾けた方がいい。
上の話、要約すると、
「必死」
これが男前の秘訣なのだと思った!と、早速「!」を使って必死さをアピールしてみる!これから文章の締めは「。」じゃなくて「!」です、男子諸君!
黙ってても、「!」
喋れば、「!!!」
驚けば、「!!!!!!!」
鳥山明先生が開拓した感嘆符の世界。少年ジャンプで培った幼き頃からの英才教育の成果が今、まさに発揮されんとしとるとです!!!



でも、よく考えたら、「!」は文章の表現なので、アキバでしか通用しません。
「むむ、オヌシ、ナニヤツ、ビックリマーク(声色変える)」
といった感じで、「!」は流通されています。(実話)
でも、アキバは月1ぐらいしか行かないので、折角の女子からの男前の秘訣が生かせなく非常に惜しいのであります。
では、アキバ以外で、「!」マークを表現する方法。
それは、
「無茶する」
これではないか。
Sが「いい」と言ったその男は多分、Sにスロット「北斗の拳」のアツさを一生懸命語っていたのだろう。何故にその話を聞かせなくてはならないのだ。女子には理解出来ないです。無茶な話です。ドラゴンボールでの孫悟空は、何故にそんなに戦わねばならないのだ。子供には理解できないです。無茶な話です。オレは、何故にその体調でTDLに向かわねばならないのだ。オレには理解できないです。無茶な話です。
そう。
オレはその状況でTDLに向かうことによって、上の男前達と肩を並べることが出来る。朝吐いて、そして遊びに行くなんて、まるでバブル期のリーマンではあるが、「無茶」というスパイスが、バブルを伝説に仕立てあげている感は否めないのである。今更ながら「無茶」というベクトルを持ち出し、誰も考えもしなかった方向へと駆けて行く。「ダルい」という無気力が大衆のものになった今、「無茶」というステータスは「1級船舶免許取得」位の輝きを帯びる。意味わからん。



八丁堀で乗り換え、舞浜に先に着いたオレ。コンビニでおにぎり1個と水を買う。胃は何も受け付けないだろうけど、素晴らしいTDLを楽しむには、何か腹に収めておいた方がいい。そして、やっぱり気分は最悪だが、Yちゃんを笑顔で迎える。ここまでで、オレはいっぱい無茶している。Yちゃんもオレに惚れるはずだ。
「何か気分がのらないの」
なんですと!!!



オレはその日いっぱい無茶した。
写真は撮るのはするが、自分からは写りに行かない。そこを何と「撮って撮って!」とせがんでみる。キャラじゃない感丸出しで。ターキーレッグを2本も喰った。エレクトリカルパレードにあわせて自作ダンスを披露した。おみやげコーナーもヨン様ばりの微笑みで付き合った。
疲れた。
Yちゃんには響いたのだろうか?わからない。帰りはいつものデートと普通だった。
帰りは上野発の常磐線で帰った。オレとYちゃんは常磐線沿線に住んでいる。オレの住む駅に着く。バイバイをして、オレはホームを改札へ歩き出す。電車が動き出す。そして、オレは今日最後の無茶をした。
オレは歩みを止め、ホームで立ち止まり、Yちゃんを動く電車の中に探した。必死に探した。そして、目が合った。一瞬だけ。オレは必死だったが、Yちゃんはきょとんとした顔をしていたような気がする。オレの近くにいたおっさんが、オレの動きを見て、何事かと同じ方向を見ている。
オレは歩き出す。「無茶」は哀しい。理解されないと「無茶」に費やしたエネルギーが、そのまま同じ量の虚しさで返ってくる。行かなきゃよかった。テーマパークは女子と行くのが正しいが、でも、その女子が喜んでくれなかったら、辛い。飲みの席の戯言を信じ、実践したオレが悪かったのだ。疲労感と虚無感にまみれた日曜はオレにまたひとつ男前を教えてくれた。



Plan-13「男前は無茶しない」



携帯が震える。
Yちゃんからだ。
「必死でー!(笑)」



Plan-14「男前は無茶をしろ!!!」



前言撤回。
そんな無茶さもまた男前。