真理のはじまり

ものすごくでかい音量で独り言を言うおっさんが高崎線に居た。
「日本人がー!」
それで終わり。
その続きは何なのだ?
日本人が何なのだ?
そしておっさんは、僕の困惑をよそに独り言を続ける。
「jはdふぁうhれあぢおぱ」
聞き取れなかったが、どうやら、英語の様だ。
どうみても冴えないおっさんではあるが、視線はグローバルである。右手に握っていたビールがハイネケンだったことからも、おっさんが世界水準であることは否めない。



日本人が英語を喋れたら、よくね?



たぶん、おっさんはそれを言いたくて、頑張ってたのだと思う。
それが、たまたま「jはdふぁうhれあぢおぱ」だったのだ。




昼間の埼京線では、ワンカップ大関の2本目を空けているおっさんにあった。
そのおっさんは池袋で降りるまで、ずーっとニヤニヤしていた。



笑顔を忘れるな。



たぶん、おっさんはこれを伝えたかった。



昼間から酒を呑む。
そこに意味がある。
おっさんは、そこに意味を持たせている。
おっさんは面と向かって答えを言わない。
それは、馬鹿正直すぎて、気恥ずかしくめんどくさいから。
でも、言いたいことが沢山あって、多分、酒のちからを借りるのだろう。



昼間のよっぱらったおっさんを、見逃してはいけない。
見て見ぬ振りをしてはいけない。
日常に降り注いだ一筋の光は眩しすぎるけど、
それはおそらく、誰も教えてくれない真理の一片だから。